ビジョン・ミッション・バリューで描くDXの道標

CIO Lounge正会員・栗田 英正

 デジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉が広く浸透して数年が経ちました。「もう聞き飽きた」という方もいると思いますが、しかし、今なお多くの企業がDXの取り組みに苦労しているのが現実ではないでしょうか。私自身、「何から手をつければよいかわからない」「目的が明確にならないまま手段だけが先行してしまう」といった声を度々、耳にします。そこで本コラムで、改めてDXを整理してみましょう。

 経済産業省のDXレポートによると、DXとは「顧客視点での新たな価値創出に向けてデジタル技術を活用し、ビジネスモデルや企業文化を変革する取り組み」です。そして、この取り組みは新しい日本の創造に向けて西洋のさまざまな社会制度や新たな技術を導入し、政治体制や文化を変革した幕末から明治にかけての明治維新に通じるものがあるとも感じます。

 変革を主導した維新志士たちが目指したのは、西洋列強に対抗できる強固な国家を建設し、国民の幸福と繁栄を実現することでした。志を共有した人々のエネルギーが、倒幕から明治維新へと変革を推し進める原動力となったのです。同様に、DX=デジタルによるビジネスの変革を進めるためには、志であるビジョンとミッション、バリューを定め、社内で共有することが重要です。

ビジョン・ミッション・バリューとは何か

 自明かもしれませんが、ビジョン、ミッション、バリューについて少し説明させていただきます。

 まず、ビジョン(Vision)は、企業が長期的に目指す理想の姿やゴールを示します。これは企業の将来像を描き、従業員やステークホルダーに対して企業がどのような存在になりたいのかを明確に伝えるものであり、企業のモチベーションを高め、一体感を生む役割を果たします。

 次にミッション(Mission)は、企業の存在意義や目的を表し、企業が日々の活動を通じて何を達成しようとしているのか、社会にどのような価値を提供するのかを明確にするものです。ミッションは企業の戦略や意思決定の基盤となり、従業員が日々の業務で何を重視すべきかを示します。

 最後のバリュー(Value)は、企業が大切にする価値観や行動基準を示します。これは企業文化の根幹を成し、従業員がどのように行動していくべきか、どのような姿勢で事業に取り組むべきかを定義します。自社がこだわりたいこと、強みとすることが明確になり、組織における信頼感を醸成するうえで重要な役割を果たします。

DX推進における欠かせないアプローチ

 バリューを最大化し、ミッションの遂行を通してビジョンの実現に向かっていく──このビジョン・ミッション・バリューとつながったビジネスモデルや企業文化の変革ストーリーを描くことが、DX推進における欠かせないアプローチになると考えます。

 私の勤務先では「おもしろおかしくをあらゆる生命へ」というビジョンを掲げ、現在だけでなく、未来にわたってあらゆる生命が豊かに生きられる世界を目指しています。「ほんまもんと多様性を礎にソリューションで未来をつくる」をミッションとし、“ほんまもん”の技術力とグローバルでの多様性を活かし、分析・計測の領域を超えて、さらなるソリューションの提供に挑むことで、ビジョンの実現を目指しています。

 そして、このミッション遂行・ビジョン実現に求められる事業戦略の実現や、経営課題を解決すべく、バリューの最大化を念頭におきながら、策定された中長期経営計画と連動する形で顧客接点強化やグローバルでの事業基盤強化などの領域においてDX戦略を策定し、推進しています。

 DX推進は変革ですから抵抗勢力が生じますし、「人財」の不足や予算の制約など、さまざまな課題も立ちはだかるでしょう。変革のストーリーを描くところまではできても、実際に推進していくことは簡単ではありませんし、困難が伴います。

 それでも目指すビジョン、果たすべきミッションが共有されていれば、経営層から従業員までDX推進プロジェクトにかかわるステークホルダーと志のベクトルを合わせられ、さまざまな課題も解消していけると考えます。

 そしてそれが顧客への価値提供や自社のビジョン実現につながり、また自身の成長にもつながると考えれば、その困難の中にも楽しむマインドが生まれ、オーナーシップを持って取り組むことができるでしょう。

画面1:「おもしろおかしく」を考察する堀場製作所のWebページ(https://www.horiba.com/our-future/ja/

  先に触れた私の勤務先のビジョンにもある「おもしろおかしく」は社是となっています(画面1)。これには、自らの力と“おもい”でやりがいを持って“おもしろおかしく”仕事に取り組むことで、健全で実り多い人生にしていくという前向きな願いが込められています。幕末の維新志士である高杉晋作が残した「面白きこともなき世を面白く」という言葉に通じるものがあるかもしれませんが、自らの心の持ち方次第で、困難にも前向きに立ち向かっていけるのではないでしょうか。

 DX推進の第一歩として、まずは自社のビジョンとミッションを明確にし、それを全社員と共有することが重要です。そのうえで、企業の未来を切り開くという”おもい”をもって具体的なDX戦略を策定し、段階的に実行していきましょう。

筆者プロフィール

栗田 英正(くりた ひでまさ)

1993年、堀場製作所に入社。インフラ担当からドイツ子会社赴任を経て、グローバルERP展開プロジェクトを担当。その後、2020年より情報システム部門長。2023年1月にCIO Lounge正会員に加入、製造業の情報システム部門長の一員として、自社と製造業の発展に微力ながらも貢献を目指し活動中。