DX推進に欠かせない人材モデルと育成方法の考察

CIO Lounge正会員・小野 雅史

 筆者が勤務する会社は数年前にDX推進組織を立ち上げ、業務の見直しやシステム最適化に取り組んできました。しかし、なかなかうまく進みません。他社で同様の取り組みをしている方々と情報交換する中で、多くが共通の課題を抱えていることが見えてきました。「既存事業の変革が進まない」「社員の意識や行動が変わらない」の2つです。

 問題の背景に、長年続いてきた従来の業務プロセスや組織文化があります。慣れ親しんだ働き方を変える、新しい働き方に適応するのは容易ではありません。システム導入だけで社員の意識を変えることも難しく、結果として「既存事業のトランスフォーメーションの遅れ」が顕在化しているのです。

 加えて、デジタルを活用するリテラシーが十分に根づかないことや、部署・部門の壁もあると考えられます。デジタルリテラシーが不十分であるためにコミュニケーション不足や個人の思考停止を引き起こし、結果的に業務プロセスの変革を阻害してしまうようなケースも少なくありません。

業務×システム×人材育成」3点セットの変革を!

 こうした個々人の意識やデジタルリテラシーに起因する問題を改善するにはどうすればよいのでしょうか。結論を先に言えば「人材育成」です。経営が明確な方針として人材育成を掲げたうえで、それを業務変革やシステム導入と一体化して取り組む必要があるのです。ビジネスの仕組みやシステムを変革することも大事ですが、人材育成こそがDXの成否を握っている──多くのDX推進者がこのことを実感していると思います。

 しかし当然のことながら、人材育成にはさまざまな困難がつきまといます。DX推進者や現場社員のデジタルリテラシー向上に向け、筆者は2024年、自社のDX人材育成プロジェクトを立ち上げました。その過程で他社の人材育成推進者と意見交換を重ねたところ、特に以下の2つの悩みが多いことに気づきました。

●人材育成のゴールとプロセスをどう設定すればよいかわからない
●どの部分に誰を巻き込めばよいかわからない

 そして、これらの課題を克服するために、以下の3つのステップを考え、実践しました。

①人材モデルを定義する
どのような人材を育成し、どんな役割を担わせるのか、具体的な活躍イメージを描くことが重要です。そこで経済産業省の「デジタルスキル標準」を参考に、自社の人材モデルを定義しました。現状のスキルレベルとのギャップを明確にし、現実的なステップを示すことで社員が理解・納得しやすくなります。

②ロードマップを描く
 人材モデルを基に育成のゴールを明確化し、スケジュールや必要なリソースを具体的に計画します。特に経営陣から承認を得る際には、自社の現状や事業戦略に即した育成人数や予算、期間を明確に提示することが重要です。

③他部門と一緒に推進体制を構築する
 IT部門だけが頑張るのではなく、事業部門や現場部門と共創することで安定した推進体制を構築します。「事業環境や経営環境の変化への追従」を望む現場部門と「ガバナンスや全体最適」を重視するIT部門は時に分かり合えず、対立を生んでしまうことがあります(図1)。その壁を乗り越えて強力な推進体制を構築するリーダーシップがIT部門には求められます。

図1:ユーザー部門とIT部門間で生まれがちな対立

IT部門のための「やりきる」法則

 3つのステップを示しましたが、IT部門にとってこれらを推進するのは簡単ではありません。というよりも困難なのが実情です。そこで何とか推進できるように3つの方針を決め、常に意識するようにしています。

 1つ目は軸を決めること。選択と集中であり、やることとやらないことを区別します。当社では「eラーニング導入」や「社内コミュニティの運営」を見送り、初年度はワークショップとオンライン勉強会に集中しました。

 2つ目は走りながら決めること。計画を練りすぎるよりも、まず動き出すことが大切です。経営承認や社内調整を迅速に行い、進めながら調整を重ねることで成果を出しやすくなります。

 そして3つ目は外部の知見をフル活用することです。社内だけで解決策を見出すのではなく、外部の知見やアドバイザーの力を借りることで新たな視点を得られます。

 ここまで説明してきたことが、どんな企業にも通用するかどうかは分かりませんが、これからDXを推進する方や推進しているけど上手く進んでいない方に、これらの方法を参考にしていただければ幸いです。上手くいった場合はどこがよかったのか、そうでなければ何が問題だったかを教えていただくとありがたいです。

 読者の皆様と一緒にDX人材育成をやりきり、素敵な未来を実現できることを願っています。

筆者プロフィール

小野 雅史(おの まさし)

2018年より自動車用設備機器メーカーの新明工業のIT部門に在籍。現在、DX人材の育成・ITリテラシーの向上・生成AIの業務活用等のプロジェクトを推進中。また、社外コミュニティにも積極的に越境し「IT部門から組織の景色を変える活動」を実践し、その内容をXとnoteで発信(アカウントは「まさ@アップデートする情シス」)。趣味はランニング、サッカー、歴史的巨大建造物(城とダム)の探索。