「知識創造企業」から、生成AIの位置づけを理解する

CIO Lounge正会員・峯川 和久

 2022年11月に、“ChatGPTなるもの”が全世界に広がって2年以上が経過しました。突如出現したこの“異様なもの”が何かを理解しようとしている間に、気がつけばRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)が一般概念化され、各企業において事業への活用が試行されています。さまざまな既存のSaaSやソフトウェアにも、“生成AIなるもの”が次々に組み込まれ始めています。

 ChatGPTや生成AIが事業にどう役に立つのか、どう活用するのが適切かの判断を十分にできないまま、ベンダーからの矢継ぎ早の提案についていくのがやっとで、「ツールを導入することが目的」となりつつある現状に危機感を抱いておられるITリーダーの方も多いかと思います。

 何を隠そう私もその1人ですが、ここではあえて、そんな私が考える「生成AI」の事業活用の意味を共有させていただこうと思いました。考察を進めるうえで、まず、「企業は何のために存在しているのか」というそもそも論に立ち返ります。

 私がこの漠然とした問いに答える時に参考にしているのは、一橋大学 名誉教授の野中郁次郎氏が提唱した経営理論『知識創造企業』です。この理論は「知識を経済的価値に変換する力」、つまり「知識」を最大限に活用して新たな価値を創造し、企業の成長を図るという考え方をベースにしています。以下に、この理論の主な要点をまとめます。

①知識の経済的価値:知識創造企業では、知識を経済的価値に変えることを重視します。これは、知識を商品やサービスとして市場に出し、収益を上げるという形で具体化されます。

②知識の共有:企業内部での知識の共有を重視します。各個人が持っている知識を共有し、その上で新たな知識を創り出すことで、企業全体としての知識を増やすことが重要とされています。

③知識創造のプロセス:知識創造のプロセスには、「共同化」「表出化」「連結化」「内面化」の4つのステップがあります。個々の経験や感覚を共有し、それを具体的な形に表現し、それを組織全体で共有し、個々の知識として吸収する。このプロセスを繰り返すことで、組織全体としての知識が増大するとされています。

④組織としての学習:組織全体として学習を行うことで、知識の創造と活用を促進します。これには、組織内のコミュニケーションの活性化や、学習の機会を増やすなどの取り組みが含まれます。

⑤知識の管理:知識を組織の資源として管理し、最大限活用するための戦略やシステムを導入します。これには知識管理システムの導入や、知識の保有と活用に関するルールの設定などが含まれます。

 野中氏によると、企業が成長するエンジンは、③の知識創造のプロセスのサイクルをいかに効率的に回転させるかにあり、それが収益力につながります。なおこのプロセスを「共同化(Socialization)」「表出化(Externalization)」「連結化(combination)」「内面化(internalization)」の頭文字をとり、「SECIモデル」といいます。次にこのモデルをもう少し詳しく解説します。

共同化(Socialization):個々人の暗黙知を共有する過程です。例えば、経験豊富な従業員が新入社員に知識や技術を伝えることなどが挙げられます。この過程では直接的なコミュニケーションや共同作業を通じて、個々の暗黙知が共有されます。

表出化(Externalization):暗黙知を形式化して、明示知に変換する過程です。個々人の頭の中だけにあった知識や技術、アイデアを言葉や数値、図表などに具現化し、他人と共有できる形に変換します。

連結化(Combination):既存の明示知を組み合わせて新たな知識を創造する過程です。例えば、異なる部門や分野の知識を組み合わせて新たな知識やアイデアを生み出すことが挙げられます。

内面化(Internalization):明示知を個々人の暗黙知に変換する過程です。つまり、共有された知識や情報を各人が自分の経験や視点を通じて理解し、それを自分自身の知識やスキルとして吸収し、活用できるようにします。

生成AI、特にRAGの価値を事業にどう生かすか

 この経営理論が出たときから、SECIモデルの難所は「表出化」と「連結化」でした。すなわち、個人の暗黙知を形式化する時のフォーマットとその置き場所=データベースをどう設計するか。そのデータベース化された形式知を従業員が取得し、組み合わせるために必要な検索ツールのインタフェースをどう構築するのか、といったことです。

 『知識創造企業』が発表された1995年当時、クラウドストレージは当然存在せず、データプラットフォームといっても今ほどUIも整備されていませんでした。この解決案として提示された「ハイパーテキスト型組織」も、理想的ではあるが実際には構築運用がほぼ不可能なもの、と私は捉えていました。

 まとめると、企業は知識を創造・管理・共有し、そして経済的価値に転換することが存在意義である。そのためにSECIモデルを実装できるとよいが、これまでは困難だった、ということです。

 そして、ここでRAGの登場です。RAGを活用すれば、個人の持つ暗黙知を文書化し、所定の置き場に保存し、IT部門がそのデータ全体を整理するだけで、他の従業員がその知識に気軽かつタイムリーにアクセスできるようになります。

 アクセスの仕方も従来のシステムのように「タグ」や「メタデータ」を強固に運用し、検索ツールの構築に多大な工数をかけずとも「Generate」すれば取得可能になります。つまりRAGは「表出化」→「連結化」と「連結化」→「内面化」に革新的なスピードを供与するものであり、まさに企業が成長し、勝ち残るために必要不可欠なものであると解することができます。

 この捉え方をしたときに、RAGを導入するときの観点は以下のようになるはずです。

●企業の成長を支え、価値を生み出す「知識」がどこにあり、どんな文書形式でそれらは保存されているか。

●(おそらく散在している)それら文書をどうやって収集し、日常業務の中でアップデートできる仕組みを作るか。

●RAGを使って企業の価値を創造するメンバーは誰か。そして、どういう使い方をガイドすれば「知識創造スパイラル」の回転を高速化できるか。

 しかしながら、日本におけるRAGの活用事例はまだまだ「就業規則」や「決算処理」の通達や規定を「Generate」することが例示されており、単なる業務効率化ツールとして捉えられているように思えます。

 ここがまさに欧米企業と日本企業のAI活用の差となっています。この差を埋めるためには、いまいちど、日本企業のITリーダーである我々が生成AI、特にRAGの価値を事業にどう生かすかを考え直す必要があります。

 私自身の経験からすると、RAGを導入して使いこなすには、利用する従業員自身が知識創造スパイラルを回転させる役割を持っているという自覚と、自分の成長が企業の発展につながるという確信に基づいた「自律的な意欲」が必要ではないかと考えています。

 前者は「企業に対する忠誠心」、後者は「自律的な意欲」です。そうであるならば、RAGは単なるツールではなく、従業員の意識改革も並行して行う、まさに会社のDX、デジタルによる企業体の変革に他ならないということになります。

 生成AIは人類史上、最速で文化文明を変えうるものだと評されています。日本企業それぞれが持つ価値観と技術、何より社会への高い貢献意識がこのRAGを通じで高度化されれば、そのときこそ、日本企業が世界に捲土重来できるチャンスではないかと考えています。

筆者プロフィール

峯川 和久(みねかわ かずひさ)

兵庫県出身。1972年生まれ。税理士補助という経理畑からスタートし、とある情報システム子会社の経理責任者を経て、2010年に古野電気に入社。異動のつど、徐々にIT分野に接近。2019年にIT部長となり、旧来型の”情シス部門”の在り方にアンチテーゼを唱え、DX全般の陣頭指揮を執る。キーワードは「ユーザーを巻き込んだアジャイル開発」「IT施策の前に文化施策」。2022年からCIO Loungeの正会員となり、企業の枠組みを超えて日本企業の発展に寄与したいと考えている52歳。ガンダムオタクの趣味を拗らせ気味。