デジタル化を皆で進めていきましょう

CIO Lounge正会員・岩下 敬三

 CIO Loungeでは2023年から企業DX分科会、現場DX分科会を開催しており、私も参加しています。DXの取り組みを加速させようとしている、もしくはこれから本格化する企業に対して何らかの貢献をするのが2つの分科会のねらいです。

 経済産業省の資料によると、デジタル化にはデジタイゼーション、デジタライゼーション、そしてデジタルトランスフォーメーション(DX)の3段階があります(図1)。DXは、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に製品やサービス、ビジネスモデルを変革すると共に、業務そのものや組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義されています。

図1:DXの構造(出典:経済産業省「DXレポート2」)

 どの企業も生き延びるために、もしくはさらなる成長をするために「顧客目線で新たな価値を創出していくこと」「そのためにビジネスモデルや企業文化などの変革に取り組むこと」が求められていますが、そのためには既存事業のデジタル化が大きなキーワードです。

 DXというと上記の定義を意味しますが、多くの場合、まず日々の業務をデジタイゼーション、デジタライゼーションすることが必要です。以下ではすべてを包含してデジタル化と呼びます。

 日本の人口減少は避けることができない確実な未来であり、それによる経済活動への影響があちらこちらで顕在化してきています。一方でインバウンド、国内投資、賃上げ、物価、株価を中心とした30年ぶりの潮目の変化が生じています。政府はこの潮目の変化を長期的に持続化させていくために日本を新しい経済環境に転換していくことが必要と考えています(図2)。

図2:産業構造審議会新機軸部会 第3次中間整理のポイント(出典:経済産業省「第33回産業構造審議会総会、経済産業政策新機軸部会第3次中間整理の概要」)

 人口減少の中では一人ひとりの労働生産性向上や付加価値の高いサービスの創出・提供が求められ、デジタル化は重要なカギとなります。すでに突入したとも言えるAI時代において、デジタルを駆使してデータを収集・蓄積することも重要です。

 特に数の上で大半を占める中堅・中小企業では、ベテラン社員の経験やノウハウ、頑張りに依存する状況から脱却するためにもデジタル化とデータの蓄積が強く求められます(図3)。

図3:国内企業の従業員数別企業数(出典:総務省・経済産業省「平成24年経済センサス-活動調査(企業等に関する集計 産業横断的集計)」

企業によって取り組み方は変わる

 一口にデジタル化といっても、業種や企業文化、社員の意識、人的リソースなどにより取り組み方は異なります。スタート位置が異なると言ってよいでしょう。例えばEC業界では、初めからデジタルを前提としてビジネスをしています。FinTechと呼ばれるベンチャーが早くから育った金融業界も、商品やサービスの大半が情報であり、デジタル化のための制約が少ない業界です。

 一方、1次産業や2次産業など物理的なものが多い産業では、なかなかデジタル化は進められません。「ものづくりにおける日本の現場力は素晴らしい」ともてはやされていた時代には、企業は個人・チームの専門的なスキルに磨きをかけることに注力していました。これはデジタルの力を活用することとベクトルが異なります。ベテランのリタイアが広がる昨今、企業のノウハウは“退職とともに去りぬ”が起きつつあるのではないでしょうか。

 人口減少が進み、働き手の流動化が進む日本では、これまでのように長い勤続年数をベースにした高スキル労働力に頼らないしくみが必要となります。デジタル化はこの課題の解決に大きく貢献すると思います。すなわち“現場力をデジタルで如何に強くするか“です。

 ベテランが健在のうちにそのノウハウを動画や音声を含むデータとして取得・可視化する、それを使ってサイバー空間の擬人的な“ベテラン”を組織として継続的に育てていく──。簡単ではありませんが、そんなことができると人口減少がもたらす課題から逃れられ、生産性向上が図れます。

建設業での取り組み

 私が在籍する建設業界ではバブル期以降の30年間、1人あたりの付加価値労働生産性はほとんど増加していません。半面で建設現場で働く技能労働者の高齢化による離職と若者の入職が少ないため、就業人口は急減しています。

 さらに5年間の猶予期間を経て2024年4月、改正労働基準法が施行され、年間総労働時間の上限規制が始まりました。就業者数と1人あたりの年間総労働時間が共に減っていく状況で、堅調な国内建設需要に応えるためには生産性を大幅に向上させることが不可欠な課題となっています。

 そのためには、これまでのように個別業務ごとに独立したソフトウエア開発もしくはサービス利用するのではなく、事業全体のデジタル化の視点が必要です(図4)。

 その前提として事業上の情報をアナログではなくコンピュータが直接認識できるデジタルデータとして蓄積することが重要です。当社ではそのために「建設デジタルプラットフォーム」を構築しています(図5)。それにより蓄積データをコンピュータがAIとして利用する、人がBIで利用する、定型業務をRPAが行う、エンジニアリング業務を含む様々な業務を支援するアプリが使う、といったことが実現できます。

図4:デジタルツインによる事業のデジタル化(出典:竹中工務店)
図5:建設デジタルプラットフォーム(出典:竹中工務店)

 人が限られた情報をバケツリレーのように受け渡す業務から、多様な業務領域の最新データを活用して迅速に業務を行うという、中間プロセスが不要な業務プロセスに変えることができるのです。同時に事業所、人により異なっているような業務の標準化を半ば強制的に進めることができます。

 情報を持っている人がデジタルデータをサイバー空間に入れる、入力直後から場所を問わずその情報を必要とする業務に役立つ。これにより迅速さ、および効率を大幅に向上させることができます。

 2020年4月の新型コロナウイルス感染拡大時に分かりやすい例がありました。政府が企業に在宅勤務率7割以上を求め、企業は日々勤務状況を把握して管理する必要が生じました。当初は社員から在宅勤務予定をメールで集め、最小単位の組織でExcelで集計し、1階層ずつ上位の部門で集計して、最後は全社で集計するという作業を毎日行いました。事業上の価値を何ら生まない人手をかけて、です。

 この管理業務を、全社員が使うスケジューラに在宅勤務の予定を入力すると自動集計し、全社・部門別の実績・予定状況を可視化する仕組みをBIツールで作成したところ、管理のための時間はゼロになりました(図6)。

 このような業務の中抜き、標準化は業務のデジタル化の典型例です。プロジェクト案件ベースで専門業務を行っている当社には類似の現象が多々あるので、情報をサイバー世界に一元化し、関係者で利用するデジタル化を進めています。

図6:業務デジタル化の事例(出典:竹中工務店)

  とはいえ、脈々と行ってきた事業をデジタルに転換することは容易でありません。時間がかかります。そのため、目先の業務のデジタル化と並行して長期的視点で進めています。自社内の業務をデジタルで支えるプラットフォームが整備されていくと、今後は他産業、他社のプラットフォームとデジタルでつながり、デジタル空間でのエコシステムができ、互いのビジネスもしくは新たなサービスの創出につながります。

今後はサプライチェーンのデジタル化へ

 DXを含むデジタル化は企業1社だけの取り組みでは不十分です。サプライチェーンのデジタル化を進めなければなりません。そのためにはデータ連携の標準化が必要です。

 欧州では「Industrie 5.0」という、第4次産業革命のIndustrie 4.0に続く新しい概念が提唱され、人間と機械の協働を重視しています。Industrie 4.0が主に自動化とデータ交換に焦点を当てていたのに対し、Industrie 5.0は持続可能性や人間中心のアプローチを取り入れています(関連記事欧州委員会が描く次のデジタル産業革命「Industrie 5.0」を読み解く)。

 これにより企業の枠を超えたデータ連携の標準化が重要なテーマとなっており、欧州ではこの標準化に向けた議論、そして実践的な取り組みが進められています。日本でもあらゆる業種や企業がデジタル化を加速させ、企業の垣根なくデジタルエコシステムを構成することが必要だと考えます。それこそが国際競争力を高める基盤になるのではないでしょうか。

筆者プロフィール

岩下 敬三(いわした けいぞう)

1986年、竹中工務店に入社。技術研究所応用数理部門で耐震構造分野を中心に数値解析技術の研究開発・適用に従事。企画室にて全社経営企画業務の担当を経て2013年、技術企画本部技術企画部長に就任。R&D戦略の立案・推進と共に、日米スタートアップとのオープンイノベーション活動を推進。2017年グループICT推進室長に就任し、情報部門の風土改革、事業のデジタル変革を推進。2022年執行役員デジタル担当 兼 デジタル室長、現在も執行役員デジタル担当としてデジタル変革を推進。休日は、ゴルフ、テニス、蕎麦打ちを楽しむ。