“何が変わらないか”を見極めるのがDXの要諦

CIO Lounge正会員・友岡 賢二

 米アマゾンがデジタルトランスフォーメーション(DX)で大成功を収めた企業であることは、皆さんご承知のとおりです。2019年6月、米ラスベガスで開催されたコンファレンス「re:MARS」でCEO(当時)のジェフ・ベゾス氏が語った内容がDX戦略を考えるうえで非常に参考になりますので、今回はその考え方を皆さんにご紹介します。

 BUSINESS INSIDERから引用します。ステージに立ったベゾス氏は次のように語りました。「私は『今後10年で何が変わるのか』を頻繁に尋ねられます。何が変わるかよりも、むしろもっと重要なのは“何が変わらないか”のほうです」。

 さらにこう続けます。「そのことを真剣に考えることをおすすめします。なぜなら、どこにあなたのエネルギーを注ぎ込むべきかを自分で判断できるからです。ECビジネスについてなら、わかります。10年後にも、消費者は安いものを求めるでしょうし、素早い配送も求めるでしょう。品数の豊富さを求めることも変わらないはずです。これらのニーズは非常に安定的なものです」。

 日本企業ではよく「変化対応力」が議論されます。これは外部環境がどのように変化するかを的確に捉えてそれに対応していくことを意味しますが、ベゾス氏は「何が変わらないか」に注目すべきだと説きます。ECにおいてそれは「安い」「早い」「品数の豊富さ」の3つである、と。かつて「早い、うまい、安い」をキャッチフレーズに業績を伸ばした牛丼チェーンを思い出しますが、私たちがDXの戦略を考える際にこうした思考のフレームワークは大きなヒントになります。

 「安い」と「早い」はほとんどの企業において戦略的に重要なキーワードです。一方、「品数の豊富さ」や「うまい」の部分は企業戦略や事業の性格によって異なるでしょう。自社における戦略を立てる際に、この部分が何であるかを考えてみることをお勧めします。

 私が自社のDX戦略を考える際に定めたのは「安全・安心」でした。まず「安全・安心」があり、「早い」、そして「安い」が続く。DX戦略の中心軸に「安全・安心」を据えることに迷いはありませんでした。なぜならば、このことによって、自社の経営理念と事業戦略とDX戦略が1本の太い中心軸で統合されたのです。

 このようにDXの戦略の軸に据えるのは目新しいものでなく、普遍的で当たり前のことです。そしてそれは事業戦略そのものです。事業戦略と離れたところにDX戦略があるのではなく、事業戦略を実現するイネーブラーとしてテクノロジーがどう貢献できるかを考える必要があります。必然的に、ここで掲げた軸は企業が存在する目的として定めた企業理念(パーパス)の中心にある重要な価値観と共通する概念でなければならないでしょう。

 もう1つ、私の経験から付け加えたい重要な考え方は、この軸を基準に「何をやらないか」を選別をすることです。企業には経営から要請される課題、現場から上がってくる課題とさまざまな課題があり、我々はDXによる解決を期待されます。先ほど掲げた「安全・安心」というDX戦略の軸に沿った課題であれば即やる、軸と合致しない課題は優先度を下げる、もしくはやらない、というふうに、意思決定するうえでの判断基準として活用するのです。

 DXは打ち出の小槌ではなく、リソースは有限です。日々、生じる課題に対し、何をやって何をやらないかを迷うことなく即断、即決できる基準として活用すべきだと考えます。

 ベゾス氏はもう1つ、重要なことを指摘しています。BUSINESS INSIDERからこちらも紹介しましょう。

 「時間経過に対して安定している、大きなアイデアを見つけることが重要なんです。それらは結局、“顧客のニーズ”そのものです。それ以外の要素は非常に激しく変動します。競合他社が誰であるか、その活動がどのようなものであるかなど、動的に変化するものに基づいて戦略を立てているのであれば、常に戦略を変更する必要があります。しかし、顧客のニーズは時間が経過しても安定しています」

 安定した顧客ニーズが何かを考え、見つける。それをDX戦略の中心軸に据えるわけです。先ほど私が掲げた「安全・安心」という軸がDX戦略として正しいかどうかを確認する方法は、それが「顧客のニーズ」と一致することを確認することでした。皆さんが現在掲げているDX戦略は、時間経過に対して安定している「顧客のニーズ」そのものであるかを今一度確認してみてください。

 例えば製造プロセスや調達プロセスの改善や見直しをDXの中心課題として行なっている場合は、その改善がどのような「顧客のニーズ」を満たすのか、その「顧客のニーズ」は本当に顧客が心から願う重要な期待であるのかについて深く考える必要があります。今回ご紹介した思考のフレームワークが、皆さんのDX戦略をより良いものに磨き上げるうえで参考になることを願っております。

筆者プロフィール

友岡 賢二 (ともおか けんじ)

1989年、松下電器産業(現パナソニック)入社。独英米に計12年間駐在。ファーストリテイリング 業務情報システム部 部長を経て、2014年、フジテック入社。現在はフジテック 専務執行役員 デジタルイノベーション本部長(CIO/CDO)、一貫して日本企業のグローバル化を支えるIT構築に従事。早稲田大学商学部卒業。