仲間を集めて広げる草の根活動─“古野電気流”の生成AI活用法

CIO Lounge正会員・峯川 和久

 ChatGPTが一般に公開されて、1年半が経過しました。聞くところによると、生成AIは「史上最速で人間社会の文化、働き方に変革をもたらす存在」だそうで、皆さんの会社でも、その活用に取り組んでおられると思います。

 私が所属する古野電気も同様です。生成AIを使って社員の業務生産性や顧客サービスの質を高めるべく、RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)という技術の試行錯誤を行っています。これが正しいかどうかはまだ検証の途上ですが、現時点における状況をシェアさせていただくことで、皆さんの会社における生成AI活用の一助となれば幸いです。

生成AIをアフターサービスの高度化に活用する

 当社は船舶に搭載する電子機器メーカーであり、アフターサービスは全国各地の主要な港での実施となります。電子機器にはレーダーやソナーな複数の種類があり、加えて船舶が寄港している時間内に修理を実施しなければ運行に支障が出てしまうというプレッシャーもあります。それだけサービス員の仕事はハードで、リテンションの向上が喫緊の経営課題となっているほどです。

 これに対し例えばベテランと若手がペアを組み、従来型の“徒弟制度”によるサービス実施と教育を行えればよいのですが、人材不足もあってそうもいきません。例えば地方のサービスセンターに配属された若手エンジニアは、1人で顧客対応しなければならない場合もあります。そうしたエンジニアを、いかに適切に支援するか? そこで生成AIの導入と活用に着目したのです。

 しかしOpenAIのChatGPT/GPT-4やマイクロソフトのAzure OpenAI Servicesなどの生成AIは、当然、当社の機器に関する詳細な情報は学習していません。ですから仮に機器名や型番を入力して、修理方法を聞いたところでまともな回答が得られないのは明らかです。この問題を乗り越える技術が前述したRAGでした。

 RAGとは、生成AI/大規模言語モデル(LLM)に問い合わせる際に外部情報を検索し、プロンプトと組み合わせることで回答精度を向上させる技術のことです。具体的には、当社内に存在する「技術連略書」や「サービス履歴」「サービスFAQ」「装備マニュアル・サービスマニュアル」といった文書やデータを整理し、外部情報としてデータベースに一元化しました。これらの情報には当社独自の単語や型式等の番号も含まれます。

生成AIの社内展開では「仲間集め」に留意

 実際の利用シーンは次のようなものです。現場での修理対応時に「これでいいのかな?」と不安を感じたときに生成AIを活用します。また遠隔にいる先輩に問い合わせる時も「手も足も出ません」と聞くより、生成AIの回答を基に「これでいいですか?」と聞きます。心理負担的にこのほうが100倍ましだそうです。

 このような生成AIの社内展開において最も留意したのは、「適切な仲間集め」でした。RAGで社内の文書やデータを取り込めるにせよ、生成AIに100%の回答精度を求めることは不可能です。まして、まだトライアルとして構築した段階ですので、RAGの文書やデータが不足して不正解の回答が出力される可能性は高くなります。

 このような段階で新しい取り組みに「面白味」を感じない人や100%の精度を求める人、そもそも社内のそういった文書の存在を記憶していることが強み=自らの存在意義と感じている人に協力を要請すると、見事にネガティブキャンペーンを張られ、取り組み自体の存続が危うくなります。

 残念なことに、そういった傾向を示す人はリーダー・役職者で多くなる傾向にあります。ゆえに、あえて仰々しくプロジェクト化することを避け、草の根運動的にちょっと雑談で若年層に紹介し、「こういったツールに興味がある同僚に紹介してね」という展開を図りました。つまり「適切な仲間集め」です。

「めちゃくちゃ知識のある、ぶっきらぼうな先輩」

 では、その仲間たちの評価はどんなものでしょう? 総じて言えば、生成AIは「めちゃくちゃ知識はあるけれど、ぶっきらぼうな先輩」ぐらいな存在だそうです。例えば、製品Aにファンが2つ内蔵されているとして、「Aのファンの型式を教えて」と聞くと、どちらか一方しか答えてくれない。しかし、「Aのファンは2つあると思うんだけど、その2つの型式を教えて」と聞けば両方答えてくれるといった具合です。

 彼/彼女らの気づきは「RAGに使うデータベースも重要だが、それ以上に大切なのが“聞き方”なんだ」ということです。まさに若い感性で、どうやったらこの先輩とうまくやっていけるかを考えるようにRAGと付き合っていかなければならない。ということで、単にツールに対して評価をすればよいというものではなく、使う側も成長していかなければならない、という雰囲気が醸成されつつあります。

 加えて生成AIという“先輩”はぶっきらぼうかもしれないが、「今、忙しい!」とは決して言わないし、何回同じこと聞いても怒鳴られないといった点で親切です。こういった生成AIについての前向きな雰囲気が醸成されれば、たとえ質問に対する回答が不足/誤りでも、ユーザーのほうから「こういう質問に答えてくれなかったのは、この文書群が学習できてないわけではない」という指摘も生まれ、まさに現場とITの共創の場となっています。

 今回ご紹介したRAGを利用した生成AIがビジネスに革新をもたらすとは、私はまだ言い切る段階ではありませんが、適切に活用することで企業の未来を大きく変えうる可能性があることは確実に感じています。ITやデジタルのツールすべてに当てはまることですが、導入段階ではさほどの効果が生まれません。ツールの導入という手段が目的化すればなおのことです。

 しっかりとそれぞれの事業計画、経営目標を把握し、それに則したソリューション、即した導入方法を、その可能性を信じ、不当な扱いや評価をされたときは怒り、対策を考え、粘り強く育てるという、まさに親心=愛こそがAI導入に必要なものだと考えています。

 AIに人間的感覚である“愛”はありません。しかし、それを使う人間側が愛をもってそれに接し、“AI+愛”になったときに、ITとAI、そしてユーザーのそれぞれの成長が促され、先進事例の猿真似ではなく、それぞれの企業独自の文化/独自の強みをより強化するものとして、企業の発展に寄与するものとなります。まさにITリーダーの不退転の覚悟が問われていると考えています。

筆者プロフィール

峯川 和久(みねかわ かずひさ)

兵庫県出身。税理士補助という経理畑からスタートし、とある情報システム子会社の経理責任者を経て、2010年に古野電気に入社。異動の度に徐々にIT分野に接近。2019年にIT部長となり、旧来型の“情シス部門”のあり方にアンチテーゼを唱え、DX全般の陣頭指揮を執る。キーワードは「ユーザーを巻き込んだアジャイル開発」「IT 施策の前に文化施策」。2022年からCIO Loungeの正会員となり、企業の枠組みを越えて日本企業の発展に寄与したいと考えている52歳。ガンダムオタクの趣味を拗らせ気味。