今、求められるIT部門の役割をその変遷から考える

CIO Lounge正会員・馬瀬 嘉昭

 皆さん、こんにちは。私は1980年に精密機器や測定機器、医療機器などを製造する島津製作所に入社し、44年間、同社で勤務してきました。さまざまな職務を担った中で最も長いのがIT部門であり、在籍年数は累積25年に及びます。この間、IT部門に求められる役割は大きく変遷し、非常に重要な部門になったことを実感しています。以下では4つの段階に分けてその変遷を述べながら、今後のIT部門の役割について説明させていただきます。

 入社した1980年代前半当時はバッチシステムからオンラインシステムへの切り替え期でした。私自身、経理・会計業務のオンライン化に取り組みました。当時はパッケージなどありませんから、経理・会計部門と仕様の相談をしながらシステムを開発しました。

 そのときの目的を思い起こすと、経理・会計部門の業務効率の改善とともに手計算によるミスを撲滅することでした。つまりIT部門の役割は、特定の限定された部門や業務をシステム化することだったわけです。私はというと、プログラミングの技術の習得とともに、経理・会計業務の知識、特に経理仕訳のノウハウを身につけました。

 この仕事の後、営業関連業務のシステム化に取り組むことになりました。具体的には海外の販売系子会社のシステム開発と、国内では物流を含む販売システムの開発です。当時はパッケージソフトウェアが出回り始めた時期であり、海外販売会社のシステム開発ではパッケージを活用しました。個別の国や地域ごとにシステム化したため、取引先や品目などのマスターファイルの統一にかなり苦労したことが記憶に残っています。

 国内販売のシステム化では、当時普及し始めたEDIを活用して代理店や取引先とのネットワークを構築しました。それを通じて蓄えたデータを活用することがポイントの一つでした。当時、よく使った言葉に「MIF(Machines In the Field:市場における累積稼働台数)」があります。営業部門長と一緒に、代理店チャネルの管理(効率性、施策のデータによる検証)にMIFを活用し、時期により市場カバー率の向上を目指す時期と勝率の拡大を目指す時期を使い分け、代理店評価などにも取り組みました。

 この頃、IT部門に求められた役割を分析すると、全体最適の視点でシステムを構築すること、そしてデータを活用して事業の拡大に寄与することへと変わったと考えます。実際に私もマテリアルフローやキャッシュフロー全体として業務やシステムを把握・理解しました。この経験は、その後に本社の海外営業部長や中国に赴任して事業責任者になった時、大いに役立ったと思っています。

 その後、IT部門はERPシステムの導入に進んでいくことになります(島津製作所ではOracle E-Business Suite〈EBS〉を採用)。ご承知のとおり、ERPは個々の業務をシステム化するパッケージとはまったく異なる思想で作られており、どのように活用すれば事業の拡大につながるかのアイデアが重要です。我々はERPの導入に併せて営業の自動化、工場における倉庫・ラインの管理、開発におけるPDCAの見える化にも取り組みました。

 これが、ITを活用してあらゆる局面で事業拡大に寄与するという、IT部門の役割の3段階目です。ERPは事業と直結しており、事業とそれを構成する業務の関わりを十分に理解して導入にあたらなければなりません。私はERP導入に携わった後、分析機器事業の事業部長を拝命したのですが、このときの経験が大変役に立ったことを実感しています。

 では4段階目とは、どんなものでしょうか?それはデジタルへの対応であり、顧客ニーズの変化への対応でもあります。上述の事業部長を務めた時、当初は機器の開発・製造・販売がミッションでした。ハードウェアの性能・機能・品質が最重要だったのです。しかし最近ではソフトウェアの重要性が飛躍的に高まっています。

 一例が機器を顧客のネットワークに接続すること。病院や研究機関ではLAN経由で上位システム、あるいはラインに機器を接続することが求められます。つまり分析機器は単独で動作するのではなく、一連の業務プロセスの中で求められる役割を果たす存在として位置づけられるのです。必然的に顧客のデジタル化やDX、セキュリティを強く意識する必要があります。

 こうなると機器の開発者や技術者だけで十分かというと、そうではありません。社内の業務や情報システムで経験を積んできたIT部門の技術者が社外、顧客のところで活躍する時代に入りつつあると思います。IT部門は社内のシステムを通じて事業に貢献することに加えて、事業そのもの、すなわち製品やサービスの提供に直接関与するようになるのです。

 以上、IT部門の役割の変化を4つの段階に分けて説明し、それぞれの段階で何が求められ、どのように対応してきたかを述べてきました。これらの変遷を経て、IT部門は内部のサポートから事業の成長を推進する重要部門へと進化してきたことがわかります。

 今後は顧客のニーズに直接応えるIT技術者が求められますから、これに対応するためにIT部門はこのような役割を果たせる人材を育成することが重要となります。皆様の一層の活躍を期待しております。

筆者プロフィール

馬瀬 嘉昭(ませ よしあき)

1980年に島津製作所に入社。情報システム部門で約17年間、基幹系システムの開発に従事。その後、経営戦略室で異動し、事業戦略の立案や中国の販売会社に副責任者として駐在。2007年に本社に戻り、ERPシステムの導入に関わった後、CIOとしてシステム、製造の責任者となり、また、中国総責任者、分析計測事業部の事業部長を経験。2023年4月より役員を退職し、シニアエグゼクティブという立場で主に臨床事業のサポートを行っている。趣味は読書(数学系、天文学系のやさしい本)しながらワインを飲むこと。