一般企業こそIT/デジタル人材の育成を急ごう!

CIO Lounge正会員・橋爪 宗信

 私は2018年、長年勤務したNTTデータから日立造船にIT・デジタル担当として転職しました。今回はその経験から得た想いについて書きます。「IT企業と一般企業の関係を再構築する」「一般企業こそIT/デジタル人材の育成を急ぐ」の2点が骨子です。

 日立造船は英国人のエドワード・ハズレット・ハンター(E.H.Hunter)が1881年に大阪・安治川で創設した大阪鉄工所(Osaka Iron Works)が始まりの会社で、主に造船事業を手がけました。戦前戦後の13年間日立製作所グループに属し、以来、この社名になっています。しかし現在は日立製作所と資本関係はなく、主力事業も、ごみ焼却発電設備や橋梁、シールド掘進機など、大きくて重いものが主力。プラント建設工事を請け負うエンジニアリング事業も長年手がけています(写真1)。

写真1:現在ドバイで建設中の、世界最大級ごみ焼却発電プラント(出典:日立造船)

 いずれもかつての造船で培った技術ゆえですが、2002年には造船事業を分離し、今や造船とは無縁です。最近では全個体電池や培養肉製造装置といった新たな領域にも挑戦しています。そんな中、ようやく2024年10月に社名を「カナデビア(Kanadevia)」に変更することが決定、何回目かの創業期を迎えます。

IT部門とIT子会社の関係はどうあるべきか

 ここから本題です。日立造船には現在、IT子会社がありません。実は以前に「日立造船情報システム」という子会社があり、造船CADの開発や、新規事業を手がけていました。その1つ、旅行予約サイトの「旅の窓口」はご記憶の方もいるかもしれません。マイトリップ・ネットが運営していたこのサイトは2003年に楽天に事業買収され、現在は楽天トラベルになっています。

 そんなユニークなシステム子会社は2006年、NTTデータに100%譲渡され、NTTデータエンジニアリングシステムズに社名変更しました。日立造船における会計などの基幹システムは同社に委託するなど、最近までそれ以外も社内でシステム開発することは少ない状況が続いていたのです。

 私が日立造船に転職した2018年7月というタイミングは、基幹システムをOracle E-Business SuiteからSAP S/4HANAへ全面刷新をする最中でした。基幹システムを担当する予定ではなかったのですが、日立造船のシステム全体を勉強する中でこの更改プロジェクトが問題になっていることに気づき、立て直しを手伝うことにしました。

 といっても、基幹システムの刷新そのものではありません。それは外部のIT企業に委託しており、遅れはありましたが何とかなる状況でした。問題は当社IT部門でデータ移行を担うメンバーがかなり疲弊していることでした。「データ移行はお客様の役割」とIT企業から言われ、その企業のサポートがほとんどない中、データ移行プログラムの仕様で大きな機能落ちがあったのです。データ移行が更改プロジェクトのボトルネックになっていました。

 一般企業で基幹システムを更改するのは20年に一度くらいです。日立造船でも汎用機ベースのシステムからOracle EBSにオープン化した前回から相当の年数が経過しており、実務経験があるメンバーは皆無。IT企業に頼らざるをえないはずでしたが、前述のように「データ移行はお客様の役割」と言われ、四苦八苦していました。私はIT企業で多くのデータ移行に携わりましたので、データ移行のやり方を抜本的に変更し、移行プログラムの見直しや修正をサポートしました。

 そんな中でデータ移行の最終フェーズで見つかったのが万単位(!)に及ぶ移行対象のデータの誤りです。自ら修正するしかありませんでした。データ移行を仕事として何度か経験している者には簡単なことですが、量があまりに多く、人生最大の過重労働でした……。詳細は書きませんが、「お客様の役割」という理由でデータ移行という重要な仕事を発注者側に負わせた当時のIT企業のやり方は、私にはまったく理解できませんでした。

 そういうIT企業が多いことは最近よく聞きますが、IT企業の皆さんにはぜひ一般企業の状況を考慮して、プロジェクトを推進していただきたいです。一方で、「ITやデジタルに関することを今後もIT企業に依存し続けていいのか、それで私たちの未来は本当にありえるのか」ということも痛感しました。

DX推進に人材育成が欠かせない!

 日本にはSIerと称されるIT企業が多くあります。私もその一員として30年以上を過ごし、さまざまな企業のニーズに応え、日本を支えてきたという誇りもあります。ですが、今改めて思うのは、こうした分業構造が完成していく過程で、一般企業においてIT人材があまり育たなかったことです。代わりにベンダーマネジメントのノウハウを持ち、「事業をよく知っていて、ITは作れないが理解はしている」ことが期待される風潮があります。

 もちろん契約期間中のIT企業は頼りになり、技術者も我々と一体となって働いてくれます。半面、技術は伝授されませんから一般企業のIT人材が多く育つことはありません。経営層から「DXの推進を!」と言われても人的リソースは少なく、結局、IT企業に発注する現実があります。私は海外の関係会社も見ていますが、海外だとIT人材の流動性があるので、必要な技術者を社員として雇用することが容易です。ですから事業に密接に関わるIT/デジタル技術者が一般企業に在籍しています。

 世はDXの時代になりました。日立造船でも脱炭素など環境関連の事業領域が、一丁目一番地の注力領域になっています。再生エネルギーで電気を作り、水電解装置で水素を作り、ごみ焼却発電所で発生するCO2を水素と触媒反応させてメタンを作り、全体として循環する仕掛けを将来的に安いコストで実現する事業を目指しています。こうした仕掛けは電力会社のエネルギー供給や一般企業における需要が変わっていく市場環境の中で、最適化を実現するプラットフォームとなるはずです。

 当然、そこではITやデジタル技術が必要不可欠な要素(パート)です。それを担う能力をIT企業に依存してよいはずがありません。自社の強み、利益の源泉を生み出すパワーを自ら身に着けなければ生き残れないと強く考えています。当社ではDX戦略を策定して推進しています。事業そのもののデジタル化(事業DX)と、働き方改革を含めた安全性や生産性を高めるデジタル化(企業DX)、そしてそれらのDXを実現するためのDX基盤が3つの柱です。

 DX基盤の重要な要素は、自社IT部門や事業部門の若手も巻き込んだIT/デジタル人材育成です。もちろん今後もIT企業には協力いただきますが、内製化や自社デジタルプラットフォームの構築などを通じて人材を育成していきます。今は特にIoT基盤の整備とデジタル人材育成に注力しています。AWSを活用し、ほぼ内製でIoTセキュアプラットフォーム「EvolioT」を開発。IoT化できるすべての機会・設備への展開を推進しています。

 人材育成としては、最初に事業部門のリーダー層にDXのX側ができるスキルを身につけてもらうための研修を実施しました。具体的にはマーケットイン、顧客志向でニーズを発見するデザインシンキングを習得してもらい、次に発見したニーズをデジタルで解決するというアプローチで、新規事業を企画してもらっています。加えて2024年からDXのD側も全社的に推進するための準備をしています。

 私はCIO、CISO、CDOなどの役割ですが、根本にあるのは「日立造船が永続性のある競争力を担保するにはIT/デジタルの技術を自らの強みとすることが非常に大切だ」ということです。繰り返しになりますが、これはIT企業に頼らないという意味ではありません。一般企業とIT企業の新たな関係が必要ということです。本当のWin-Winの関係がどうあるべきかをいつも考えています。

 先に触れました新社名のカナデビアは、日本語の「奏でる」と、ラテン語の「Via」(切り拓く道)を組み合わせています。強みであるモノづくりとエンジニアリングにIT/デジタルを大切なパート(奏でる一要素)として加え、全体の競争力をさらに向上させていきたいと考えています。IT/デジタルに関わるCXOの皆さんと想いは同じでしょう。皆さんと横の繋がりを築き、コミュニティとして情報交換や意見交換していただくことを切に望んでいます。

筆者プロフィール

橋爪 宗信(はしづめ むねのぶ)

1988年に日本電信電話(NTT)に入社、データ通信事業本部に配属。同年NTTデータ分社に伴い移籍し、大型汎用コンピュータのアセンブラプログラマーとしてデバッガの開発に携わる。以降もプログラマー・SEとして数多くのシステム開発を経験した。その後、プロジェクトマネジメントや事業責任者を歴任。2018年に日立造船に移籍し、日立造船のICTやデジタル変革をリード。趣味はゴルフ。