情報システム部門を「DX部門」に変革するための処方箋
“デジタルトランスフォーメーション(DX)”という言葉が、当たり前のように企業の生き残りに必要なものとして、認知されるようになってからほぼ5年。この間、あいまいな概念である“DX”をどう定義づけし、誰が推進するのかについて、各企業は対応を迫られてきました。この「誰が」については、人的リソースの少ない中堅企業の場合、既存の情報システム部門に丸投げされるケースが多いようと思われます。
私が所属する会社も同様でした。そこで、ここではある日急に経営層から「“DX推進”も事業目標に加えるように」と言われた情報システム部門のリーダーの方々向けに、どうすれば既存の情報システム部を“DX”を推進できる組織に変革できるかのノウハウを、私の経験を踏まえながら示します。まず情報システム部とDX推進部門の違いについて整理しましょう。大きな違いは3つあります。
違い1:部門のミッションは「減点主義」から「加点主義」に
既存の情報システム部門は多くの場合、「事業部の要求を不足なく満たす」「既存の仕組みを維持・運用・保守する」がミッションです。しかしDX推進部門は「自社におけるDXとは何か?」という解なき問いから始めなければなりません。道のりは、まさに試行錯誤です。そんな組織において重要なことはチャレンジ精神と折れないマインドをいかに醸成するかです。したがって「加点主義」である必要があります。
違い2:お客様は「事業部/ユーザー」から「会社のお客様」に
DXに正解はなく、会社の事業ドメインや企業規模、競争状況を含めた市場環境、そして何よりも経営のよりどころとなる「社是・社訓(パーパス)」によって、何を上位のミッションとするかは変わります。しかし、「事業部/ユーザー」の要求を優先するのではなく、「会社のお客様」の満足を最優先することの必要性はDXの基本であり、不変です。それは事業部門/ユーザー部門頼りではなく、DX推進部門が自ら深く企業の業務を知り、実感することで初めて可能となります。
違い3:「上位下達/専門スキル集団」から「フラット/アジャイル型チーム」に
専門スキルを持ったメンバーが役割を分担し、それぞれの担当をしっかりこなす組織は変化しないものには強くても、変化を前提としたDX推進には不向きです。変化を前提とする以上、メンバーそれぞれが専門スキルを磨きつつメンバー間のコミュニケーションが自主自律的に発生し、互いを補完・刺激することで俊敏にコトを進めたり方向転換したりする組織文化がDX推進に必要不可欠です。つまりフラット/アジャイル型チームです。
IT部門をDX部門にするための3つのステップ
こうして整理すると情報システム部門とDX推進部門が、いかに価値観や組織文化の面で違っているかがおわかりいただけるかと思います。この点を認識し、文化を変革しないとDXを推進することは困難です。「認識しても、そういった変革は難しい」と思う方もおられると思いますが、ステップを踏みながらやるべきことをやれば可能です。以下にそのステップを整理してみましょう。
ステップ1:工数データを最大限開示し、フル活用することで高度なチームワークを構築しよう
メンバーそれぞれの業務やプロジェクトに携わった工数・実績を日報などの形で把握しているところは多いはずです。しかし、それらをデータとして可視化し、マネジメントにフル活用しているところは意外と少ないのではないでしょうか? ここで「マネジメントにフルに活用する」とは以下の状態を言います。
①リーダー含めメンバー全員の工数データが把握・開示され、相互に確認できる
②それらのデータが用途に応じてビジュアル化され、全員が容易にアクセスできる
③マネジメント、チーム編成、プロジェクト進捗などの確認に日常的にそのデータを利用する
これを実践すれば、DXプロジェクトの進捗はもちろん、トラブルの発生やモチベーションの低下などの早期発見と対応ができます。メンバー同士がデータを共有することで、連携がデータドリブンとなり、高度なチームワーク形成につながります。フラット/アジャイル型チームには不可欠です。言わずもがなですが、今日のデジタル環境(例えばスマホ)を使えば、工数データを把握できますし、共有も簡単です。
ステップ2:情報システム部門のコストを徹底的に開示し、経営層の信頼を得よう
情報システム部門が関与する予算(費用)は、一般に人事などスタッフ部門に比して大きく、複雑です。この予算の使用状況や予実管理、見込みなどを、経営層に分かりやすく報告し、信頼を得ることが重要です。それを迅速、正確に行わずに、DX推進に必要な予算を機動的に確保することは不可能だからです。そこで以下の施策を実行すべきです。
①複雑なコスト構造をシンプルに分類(アクティビティ/キャパシティなど)を設定し、ITコスト総額を常に把握できる状態にする
②その下に各プロジェクトを紐づけることで総額予算の状況からプロジェクト毎の予算進捗までスムーズにブレークダウンできるようにする
③それらのデータを見える化し、経営層、経理にも常時開示する。報告書が不要な仕組みを作る
3カ月前には存在しなかったソリューションを追いかけるDX推進部門にとって、年度毎のIT予算は意味がないどころか、危険でもあります。例えば今、話題の生成AIへの対応について、2023年度予算に組み込んでいた企業は少数でしょう。機動的に対応しなければならないのがDXであり、これを可能にする唯一のカギは「経営層からの信頼を得ること」だと考えています。
ステップ3:情報システム部の存在自体を開示し、事業部との距離を縮めよう
前述したように、会社の置かれた状況や文化によって必要なDX手法やステップは異なります。それは外部のコンサルティング会社には提案できず、その会社に属し会社の事業に思い入れを持ち、かつ、常に進化するITソリューションの趨勢を把握しているチームだけがそれをなしえます。
そんなチームに変革するためには、ステップ1の内部改革、ステップ2の経営層からの信頼に加えて、事業部/ユーザーからの信頼・信認を得ることが大切です。そのための施策は以下のとおりです。
①コロナ禍の経験を生かし、DX推進部門のメンバーに現場や他部門でのテレワークを実践してもらう
②メンバー全員が積極的に社外のIT人材(ユーザー/ベンダー)と交流する機会を持つ
③その経験を通じて企画したDX施策について社内広報を行い、全社からの共感を得る
今日の企業活動/事業運営においてITとデジタルは不可欠であり、カバー範囲は従前の“業務効率化”はもちろんのこと、データドリブン経営への変革やデータビジネスの創出へと拡大しています。DX推進部門がビジネスと密接な関係性を築き、現場とのローテーション人事も視野に入れながら主体的に関与することは、もはや至上命題であるといっても過言ではありません。
「日本企業の経営マネジメントは遅れている、それはデジタル活用が進んでいないからだ」といった、私たちの世代には呪文のように唱えられている言葉があります。これが10年後には完全に日本からなくなって、気持ちよく次世代が世界で活躍できるようにするためにも、情報システム部門が3つの開示(「工数データの開示」「コストの開示」「存在の開示」)を通じてDX推進部門になり、それぞれの会社に貢献すべきときが来ていると確信しています。
筆者プロフィール
峯川 和久(みねかわ かずひさ)
兵庫県出身。税理士補助という経理畑からスタートし、とある情報システム子会社の経理責任者を経て、2010年に古野電気に入社。異動の度に徐々にIT分野に接近。2019年にIT部長となり、旧来型の“情シス部門”のあり方にアンチテーゼを唱え、DX全般の陣頭指揮を執る。キーワードは「ユーザーを巻き込んだアジャイル開発」「IT施策の前に文化施策」。2022年からCIO Loungeの正会員となり、企業の枠組みを超えて日本企業の発展に寄与したいと考えている51歳。ガンダムオタクの趣味を拗らせ気味。