大和ハウスが「DXアニュアルレポート」を発行する理由
大和ハウス工業は、2016年度から「ITアニュアルレポート」を発行しています。当初は社内や関係者向けに資料として配付していましたが、2020年度版はIR情報として初めてコーポレートサイトに掲載しました。2021年版ではそれまでの印刷を前提としたPDFから、ブラウザでの閲覧を意識したWebサイト(HTML)形式に衣替えし、名称も「DXアニュアルレポート」にしました(画面1)。現在は2023年版の制作に取りかかっています。
手前味噌ですが、「ここまで載せていいの?」と思うほど、当社におけるDXの取り組みを詳細に公開しています。当然、これを作るには一定の予算と人員を投下しなければなりません。どうしてそこまでしてDXアニュアルレポートを作っているのでしょうか? よく聞かれることでもありますので、ここでその理由を示しましょう。
DXがつくる企業価値
まず何よりも大きな理由は、当社がどのようにDXに取り組んでいるかをステークホルダーに知ってもらう、そのことが当社の企業価値(端的には株価)を高めることにつながると考えるからです。ある企業の事業基盤やビジネスモデル、現在の稼ぐ力を知りたいときには「統合報告書」を読み込めばいいでしょう。その企業の社会的な価値、持続可能性については「サスティナビリティレポート」を読めばいいのかもしれません。
しかしVUCAの時代と言われ、デジタルテクノロジーが予想もできない激しい環境変化をもたらす状況の中、これらだけで企業が生き残り、成長できるのかは十分にわからないのではないでしょうか。いかにデジタル変革に取り組んでいるか、その内容が支持できるものであるかどうかが、ある企業に投資するかどうかの判断に必要なのではないか? こう考えて、DXアニュアルレポートを制作しているわけです。
もちろん統合報告書などにDXの取り組みを記載すればそれで十分という考え方もあるでしょう。しかし当社の場合、DXの取り組みは独立したレポートにするだけの情報量がありますし、その形でお伝えする価値があると考えて、統合報告書、サスティナビリティレポート、DXアニュアルレポートの3つのレポートを発行しています。
DXガバナンス機能の一部
第2の理由はDXの取り組みを毎年、とりまとめることの効果です。DXのアンチパターンの1つに、さまざまなデジタル施策をバラまいて統制の取れないものになってしまうことがあります。数多くの課題があり、さまざまな部門や部署が業務改善を目指す会社組織にあって、多くのデジタル施策を打つことをやめることは難しく、そのため数多くの施策に横串を刺していく活動がIT部門に求められます。
一方でIT施策がIT部門のためのもののように理解されてしまい、「当社のIT部門はわかってない」と、CEOやその他のCXOから評価されてしまうアンチパターンもあるように思います。そうではなく、さまざまなIT/デジタル施策がパーパスからドリルダウンしていること、中長期計画や事業の方向性と整合した形で存在していること、などを理解してもらえばDXを推進しやすくなるはずです。
当社にもIT部門と別にDX専任部門があります。DXアニュアルレポートは両部門が協力して制作しており、それゆえに相互理解につながる効果があります。また事業部門が独自に実施するデジタル施策も同レポートに掲載することで、当社の公式なDX施策であると位置づけます。こうして、ともすればバラバラになりがちなデジタル施策を手の内に納めていくことも含め、DXに関する情報を一体感を持てるように共有する──。同レポートは、いわば「DXガバナンス」の機能の一部なのです。
ITメンバーの全社デジタル施策の理解と外部からの情報収集
上記2つの理由は、特に2021年度にDXアニュアルレポートとして公開するときに考えたことです。冒頭で示したように、以前当社にはITアニュアルレポートがありました。主な目的は、ITメンバーがそれぞれの担当部門に限らない全体的なIT施策(IT中計)に対する理解を深めると同時に、他社のIT部門やITベンダーと当社の施策について情報共有することで、よりよい意見交換・情報収集ができるようにすることでした。
その目的は今も変わりません。私たちの施策が独善的なものにならないように、社外からの評価の目を恐れないように、自分たちが何をやっているかを外に向かって発信しています。できるだけオープンにすることで、よりよい情報により早くたどり着くことができると考えています。
事実、掲載した内容について他社のIT部門の方から「〇〇について意見交換できますか」と依頼されることがありますし、新しいITベンダーと取引を始める際にもレポートに目を通していただくことで、打ち合わせ2回分ぐらいはすっ飛ばして、いきなり本論から始められますから私自身も重宝しています。
ぜひ、DXアニュアルレポートの発行を
大きく3つの理由を示させていただきました。これらは会社を問わず、DXをうまく推進するための必須要素ではないか、と考えます。以下の要素です。
①DXは企業価値を構成するものであると位置づける
②経営やビジネス部門と方向性を合わせ、IT部門とDX部門が相互理解をもって一体感をもって進めていく
③健全な批判精神をもって自らの業務を見直して議論し、常に最新の情報で自分たちの施策が更新されるように門戸を開く
これら3要素のないDXは、最初こそ、うまく進んでいるように見えても、徐々に遠心力が働き、バラバラになっていくのではと思う次第です。言うまでもなくDXアニュアルレポートを作れば、自動的にこれらを実現できるわけではありません。でも私はこの3つの要素を大事にして、取り組み続けようと考えています。
筆者プロフィール
松山 竜蔵(まつやま りゅうぞう)
1988年に大和ハウス工業入社。以来、本社・事業所の経理を歴任。2010年に本社J-SOX推進室長を務め、SAP ERPによる会計システム導入のプロジェクトリーダーを担務して以降、職務のIT色が強くなる。2018年に本社の情報システム部長に就任し、2020年に執行役員とグループIT子会社メディアテックの社長を兼務(現職)。京都市内に新しいラーメン屋ができると家族で食べに行くのが趣味。特技はカラオケ。