「相手を尊ぶ」、それがSCMの本質
サプライチェーンマネジメント(SCM)は「経営改革」であり、その根幹は「業務改革」にあります。CIO の方々の大きな役割の1つである「業務改革」の参考になればと思い、この記事では、私のSCMの原点となったスウェーデンの販売会社における3つの体験をご紹介します。SCMを推進することにより、パートナーと一緒にWin-Winを達成できる業務へと改革できると信じております。
白紙の注文書(顧客からの信頼とは)
私は営業担当者の皆さんと話をするのが大好きです。彼・彼女らの話を聞いていると、ビジネスの本質について考えさせられます。ある時、その1人と話していると、「私の今年の目標は白紙の注文書をもらえる販売店を今の5店から10店にすること」だと言いました。「白紙の注文書って?」と聞くと、営業先の販売店から「あなたに任せるので、注文書に思うように数字をいれてよい」と言ってもらえることのようです。
それだけの信頼を得るわけですね。営業担当者は歩合制ですから、数を多くすればするほど実入りがよくなるのですが、しかし、責任は重大です。お客様(販売店)の状況を無視することは絶対にできませんから、好き勝手に数字を書くわけにはいきません。まず販売店の在庫を調べ、販売実績を基に店主に提案して注文を確定します。
その店で思ったように売れていないことに気づくと、休日に店に行って販売店の店員と一緒に販売活動を行ったり、「どう説明すれば売れるか」ということを販売店員と一緒に考えているとのこと。販売店から喜ばれるのは言うまでもありません。この営業担当者を誇りに思うと共に、お客様から信頼を得るということがどういうことなのか、深く考えさせられました。
お金を払わないお客様(在庫責任について)
営業担当者の仕事の1つに、販売代金の回収があります。彼・彼女らは売ることは得意ですが、この回収は結構苦手な人が多いです。催促するのがいやなのでしょう。ただし会社としては回収までが販売なので、責任者である私は期日を過ぎての未回収を毎月チェックしていました。
未回収店のリストを見ていると、私がよく知っている優良販売店がありました。当社の商品をしっかり展示して、たくさん売ってくれている店なので「どうもおかしい」と思い、担当者に確認すると「売れないので在庫が多く、払えない」と言っているとのこと。仮にそうだとしても、店舗の在庫は本来、販売店の責任なので、お金を払ってもらうしかありません。
そうだとしても、優良なお店が払えないのは余程のことだと思い、営業担当者にこう伝えました。「こんないい店で売れずに在庫が多いのは、私たちが押し込みすぎたせいに違いない。したがって販売できないほど売った私たちが悪い。まず販売店に謝ってください。そして私が責任も持つので、売れなかった商品を引き取ってください」。
翌日、営業担当者が報告に来てくれました。「指示どおりにお詫びし、販売店の倉庫に行くと、当社の商品はほとんどなく、大半が他社製品でした。店主に聞くと『申し訳ない、売れないのは他社製品であり、当社製品は実は売れている』とのことでした」。その販売店は、もちろん代金をすぐに払ってくれました。「お客様の在庫は当社の在庫と同じ」、このことを忘れてはならないと強く思いました。
キャッシュディスカウント(お客様と一緒に経営を考える)
お客様が商品代金を支払うときには、欧米ではおおむね納品後30日から60日の間に支払うのが通例です。この回収日数を短縮するために、経理責任者が新しいスキームを提案してくれました。納品から10日以内なら2%、20日以内であれば1%を回収奨励金として代金から割り引く。さらに銀行引落しに同意いただければ、0.5%を割り引くというものです。銀行引き落しにすれば経理の煩雑な業務が減り、社内合理化につながります。
すばらしい提案だと思い、早速、営業担当者に伝えると皆、「それはできない」と言います。その理由は「他のメーカーは、むしろ回収日数を伸ばしてアプローチしています。それを10日や20日にするのは、とんでもないです。加えて、この国ではお金の管理は自分でするのが当然なので、銀行から自動的に引き落とすなどというのは、受け入れられません」というものでした。
そこで私自身が大手の量販店の方々とお会いしてみると、確かにそうでしたので次のように説明しました。「支払期日を延ばすと、安易に注文してもらうことにつながるので、当社ではしません。むしろ御社の在庫は私たちの責任です。私たちは10日で売れる分を都度売りますから10日を提案しているのです」。
銀行引き落としについてはこうです。「自動引き落しにすれば私たちだけではなく、御社の業務も合理化できるのではないですか。割引を含めると、メリットしか考えられませんから、ともかくだまされたと思ってやってみても損はないでしょう」。従来のままでも納品後60日までに支払ってもらう必要がありましたので、私はこのスキームに確信を持っていました。
結局、この量販店は我々の提案を採用し、半年後に再びお会いした時に「良い提案をしてくれました。利益につながりました!」と言ってくださいました。その後、多くの販売店がこのスキームを導入してくれ、1年で会社全体の債権回収日数を39日から26日に短縮できました。大切なことは、信頼を得るためには、常に顧客に寄り添い、一緒に経営を考えるということだと思います。
このような体験もあり、CPFR(Collaborative Planning, Forecasting and Replenishment、注1)というSCMの1つの完成形を学んだ時に、まさにこれだと納得した次第です。
注1:CPFR(シーファ)は、小売業者、製造業者、中間卸業者が連携して商品の販売計画や需要予測、在庫補充をリスク分散しながら共同で行い、商品の在庫削減や欠品防止などを実現する仕組みのこと。
Win-Winのマネジメント
最後に、パナソニックの創業者の言葉を紹介しておきます。
「共存共栄の精神を、みんなの胸に叩き込んで、常に仕入先を尊び、ご販売店を尊び、そして、相連携した形において仕事をしていくことを骨の髄(ずい)まで知ってもらいたい」(1965〈昭和40〉年1月 経営方針発表会)
「販売、配給、製作、三者の共存共栄の達成に精進しなくてはならないという考えが日に日に増しつつあります。向上進歩に際限はございません。私どもは商売の方法についても絶えずよりよきものへと志していかねばならないと存じます」(1936〈昭和11〉年 代理店契約更改時の配布冊子)
SCMの本質はここだと思います。これからもWin-Winのマネジメントを目指して、さらにSCMを高めていきたいと考えております。
筆者プロフィール
本田 隆一郎(ほんだ りゅういちろう)
1976年、松下電器貿易(現パナソニック ホールディングス)に入社。2005年よりグローバルSCM推進室長を務めた。退職後、2013年から8年間、ヤンマーホールディングスにてSCM推進を担当。2021年よりCIO Lounge正会員。スウェーデン、英国、ドイツ、フランス、シンガポール、中国(上海)の6カ国で18年の海外勤務を経験。ビジネスとプライベートで訪問した国は52カ国。趣味は野球・サッカー観戦、ゴルフ、読書(ミステリー、ハードボイルド、歴史関連)。