中小企業におけるDXの取り組みの第一歩とは
私はITベンダーのシステム技術者として大手企業を長く担当。退職後は中小企業の業務改善のアドバイザーをしています。そうした一連の経験を通じて、業務改善には「現場部門での事実を起点とした課題の明確化」「データを利用して事実を共有する」「業務部門の現場力の活用」が重要であると、改めて痛感しています。このことは大手企業も中堅企業も変わりませんが、特にIT人材が不足している中小企業ではDXに向けた第一歩になると確信しています。以下、そう確信した背景をお話します。
中小企業の業務改善の支援で実践し、感じたこと
一口に中小企業といってもさまざまですが、共通する悩みがあります。技術の継承などのための人材雇用です。自社の強みを生かした製品で請負ビジネスから転換し、注目を集めている会社であっても同じですし、デジタル化を進めたくても、IT人材の確保が非常に高い壁となって立ちはだかります。私自身、中堅企業に勤める知人から「求人しても応募がない。いい人はいないか」と相談を受けることがありますが、雇用条件のいい大手企業やIT業界へ流れる現在の雇用環境では、なかなか応えられない状況です。
ところで読者の皆様は、2023年3月まで放送されていたNHKの朝ドラ「舞いあがれ!」の舞台となった大阪のネジ会社を覚えておられますか? 現在はその会社と同じ規模の製造工場で業務改善のお手伝いをしています。IT部門はシニア人材2名。すべてを運営しています。2年ほど前までは、
●経営者:「儲けが薄い、在庫が多い、売上げが伸びない」
●営業責任者:「汎用品は海外輸入品に押されて減少、薄利ビジネスでも止めれば売上げは減少」「欠品が多発、自社オリジナル品と特注品に注力したいが生産力が不安」
●生産責任者:「生産技術の継承ができない、生産設備も老朽化」「需要見通しが無いので見込み生産で在庫偏在が発生」
といった発言が出るばかり。製造業のよくある業務課題が一式、揃っているような状況でした。
大手企業ではSCM(サプライチェーンマネジメント)を構築するなどして取り組みが進んでいるはずですが、それでも油断すると同じようになる可能性があり、古くて新しい話題かもしれません。まして私がお手伝いするのは中小企業なので、社内にはSCMに取り組んだ経験者はいないし、コンサルタントに依頼することも含めコスト面で難しい面もありました。
そこで、まず「本当の課題は何かを探せるよう」「何が起こっているかを正しく理解する」ために、下記のような業務実態をデータで見てもらうことから始めました。
●生産リードタイムの実態(仕掛オーダーの量・工程ごとのリードタイム、至急品対応の発生状況)
●得意先・製品ごとの粗利(利益のある取引と利益の出ていない取引の見える化)
●製品別の在庫回転率、不動在庫(停滞在庫)の見える化、など
とは言っても、関係者が共通の「事実」を元に検討できるよう、既存の業務システムからデータを抜き出し、Excelで整理して見やすくしただけです。経営者と業務部門の責任者が事実を共通認識できると、業務課題を正しく定義できます。そうなれば業務プロセスの見直しや改善すべき事項と取り組み優先度の設定などは現場部門でできるようになりました。
必要なITツールは外部委託で整備。少し時間はかかりましたが、SCMのボトルネックが解消されていきました。その結果、生産リードタイムと在庫金額は3分の2に、粗利は5%程度改善するといった結果に繋がっています。効果が早くでるのは規模の小さい企業のメリットですね。
中小企業のDX推進に当てはめて考えると……
一方、経済産業省は中小企業のDX推進に向けて、中堅・中小企業等向け「デジタルガバナンス・コード」実践の手引き2.0をまとめ、各種の支援策も揃えています。この実践の手引きには「DXリテラシー標準」と「DX推進スキル標準」の紹介などが含まれており、図1に示す「DX実現に向けたプロセスと人材」が定義されています。
「手引き2.0」では「中堅・中小企業等の経営者の方々が実際にデジタルガバナンス・コードに沿って自社のDXの推進に取り組む際、または支援機関の方がこれらの企業の支援に取り組む際、その参考となるよう作成しました」と主旨が述べられています。これを読んだ私の率直な感想は、「こんなに難しく表現したら最後まで読む経営者はどれだけいるかな?」でした。
「中小企業を支援する機関向けのマニュアル」は、利用できるかもしれませんが、当事者である中小企業の経営者には「ビジョンの重要性は共感できても、プロセスや標準の定義、やるべき事項と必要な人材像になると、これは無理」とギブアップさせる重苦しさを感じます。
ただ、一連のドキュメントの中に、DXに取り組む中堅・中小企業のモデルケースとなるような優良事例を選定・紹介する「DXセレクション」というコンテンツがあります。2022年版では16社を選定しており、その中で多くの経営者の方々が、異口同音に「経営者のビジョンと覚悟は必要。それがあればIT人材がいなくてもスモールスタートで、業務部門の現場力・人材を活かしてDXは実現できる」と発言されておられます。
私は、この発言が先程のSCM領域での業務改善で紹介した「現場部門の人達が、事実に基づき課題定義、データを利用して事実を共有する」「それにより業務改善を実現した」ということと通底するのではないかと考えています。ITやデジタル人材不足を嘆くのではなく、DXリテラシーを醸成することではないか、と思います。その意味で、経営者の方には後半の中堅・中小企業における実践事例集をまず読んでいただき、小規模企業での取り組み事例から進め方のツボを押さえてから、前半のプロセス定義などを読まれるのをお勧めします。
元気な中小企業であり続けるには、企業価値を変革するDX、業務改革を進めるDXなどへの挑戦は欠かせません。CIO Loungeの趣旨に沿って、微力ですが分かり易く現場主体で取り組めるよう支援を続け、少しでも貢献したいと考えます。
筆者プロフィール
平松 敏朗(ひらまつ としろう)
1979年、富士通に入社。産業系システムエンジニアとして大手製造業を担当。その後、富士通グループの長野県の地域ソフトウェア会社の社長、顧客IT部門を引き受けたアウトソーシング会社の社長を経験。2018年に退職後、ソフトウェア開発会社の顧問としてIT人材育成に携わる一方、南大阪の小規模ネジ製造会社でアドバイザーとして業務改善を担当。出身は大阪。趣味はゴルフ、プラモデル製作、野菜栽培(エコな不耕起栽培に挑戦中)。