走ることについて思うことと、デジタルが変えるランニング体験

CIO Lounge正会員・尾内 啓男

CIO Loungeの尾内と申します。今回は筆者の趣味であるランニング=走ることについて書かせていただきます。普段は誰かにランニングを勧めたり、ランニングの効用である健康について声高に主張したりしないように心がけています。加えてランニングとなると、本コラムのテーマであるITやデジタル技術からは距離があります。それでも熱意を持って取り組める趣味を持つことは仕事にもよい影響があると確信していますし、頭を使うITの仕事と体を使うランニングはいい補完関係にあると思うからです。

4年ぶりのフルマラソンで良さを再認識

 2022年11月13日、日曜日の朝。スターターである笑顔の素敵な小平奈緒さんのピストルの音を合図に松本マラソンは始まりました(写真1)。「信州の風きついなぁ、松本盆地の坂きついなぁ」。息を切らし、足を引きずり、ほうほうの体でおよそ4年ぶりのフルマラソンを完走しました。ゴールの時には、走っている間に脳裏に浮かんだビールと馬刺しは跡形もなく消え去り、「今日はこれでもう走らんでええんや……」という安堵の気持ちで一杯だったことを覚えています。

写真1:小平奈緒選手がスターターを務めて、松本マラソン2022が始まった(出典:松本マラソン 公式YouTubeチャンネル

ここ3年、コロナ禍の中で軒並み中止となったマラソン大会は、ようやく今秋くらいから開催されるようになりました。筆者にとって待ちに待った松本マラソンだったのですが、コロナ禍での練習不足、とりわけ長距離での練習不足、6年前から続く腰痛、そして何よりも加齢によるパフォーマンスの低下を思い知らされた結果となりました。

 50歳代は3時間30分、62歳の時は4時間30分、そして今回(66歳)が5時間23分だったのです。現在の自分の実力をまざまざと認識させられた次第ですが、とはいえ悔しかったわけではありません。大会の制限時間である6時間はクリアできましたし、フルマラソンを走れた嬉しさが勝りました。過信してもいけないし、慎重になってもいけないと思います。

走っている時は「無」、その後が大事

「尾内さん、走っている数時間にはどんなことを考えているんですか?」と聞かれることがあります。冗談ぽく、「仕事のことしか考えてませんよ」と返答することもありましたが、実際は当然、そうではありません(笑)。時折走った後のビールが頭に浮かびますが、何も考えずにただただ足を前に出すだけ。頭の中は空っぽ、いわゆる「無」の世界です。

 村上春樹氏の言葉を借りると「そこでは走るという行為がほとんど形而上的な領域にまで達していた。行為がまずそこにあり、それに付随するように僕の存在がある。我走る、故に我あり」。文学的・哲学的表現をもってすればこういうことになるのでしょう。やはり、ただ走ることがあるだけです。

 一方で、市民ランナーでもある著名な経営者の方へのインタビューで「走っている途中で仕事のアイデアが浮かぶんですよ」という記事を読んだことがあります。そうできればいいなとは思いますが、残念ながらそうなった記憶はありません。それにもかかわらず、なぜ走るのでしょうか。

 もちろん健康な体でありたいことが大きいのですが、仕事に通じる部分もあります。いささか強引ですが、敢えて挙げると疲労の極限を通り越した肉体と空っぽになった頭がそれです。そういう状態になると複雑で難解なもの(仕事)を、素直かつ丁寧に整理しながら受け入れることがあるのです(決して多くはないですが)。ハードなランニングの効能だと思います。

 しかもマラソンは別ですが、走るだけならランニングシューズと軽装のウェアさえあればいつでもどこでもできます。早朝でも夜でも、自宅の周りでも出張時でも、その気になれば即、実行できるのです。時には仲間と一緒になったり、チームで駅伝を走ることもありますが、基本的には1人でできますので、休憩も終了も自由に決められます。

 そうしたことが、椅子に座って熟考するのとはまた違った頭の働きを促すのかもしれません。つまり経験上、オンとオフ、もしくは公と私の切り替えはとても大事であり、仕事にもよい作用があったのではないかと思っています。読者の皆様にはそのための手段を持つことをお勧めしますし、その中でもランニングは実益も兼ねたいい手段です。

オンラインやVRのマラソンが広がる

ITやデジタル技術と何の関係もないことだけ書いて終わるのも問題なので、少し触れておきます。まずマラソンはデジタル化が進んでいます。もう10年以上も前からランナーはICチップを付けて走っています。5km、10kmごとセンサーで読み取り、速報値がリアルタイムにWebで表示されます。いわゆるIoTではなく「Internet of Person」ですね。

 定置カメラでランナーの付けているゼッケンナンバーを自動識別し、これもリアルタイムで個人別に動画を提供できています。そのうちにランナーが身につけるウェアラブルデバイスから5Gとクラウドを介して、リアルタイムですべての情報が収集されるようになるでしょう。大きな大会になればドローンを使って全体を俯瞰するようもなるはずです。

 コロナ禍の影響で、“オンラインマラソン”も実施されています。マラソン主催者が提供するアプリを起動させたスマホを身につけ、好きな時間、好きな場所、また複数回に分けて走ることのできるレースです。大会の申し込みから支払い、ランニングの計測・記録、結果表示、完走証まで一気通貫でアプリを通じて実施できます。主催者にとっても参加ランナーにとってもたいへん便利なものです。

 VR(仮想現実)マラソンも企画されています(写真2)。VRゴーグルとモーションセンサーを身につけて家の中で走ると、ニューヨークシティマラソンでアバターがマンハッタンを走ることができそうです。家の中とはいえ、軽くはないVRゴーグルを付けて長時間走るのは危なそうですが、居ながらにして本格的なマラソンに参加できるのは魅力的です。

写真2:東京2020パラリンピックマラソンコースをVR空間に再現(出典:東京都主催「EXCITEMENT TOKYO CAMPAIGN」公式Facebookページ

筆者は30歳代に走り始め、40歳になる頃にマラソンに出場するようになり、50歳代には野山を走るトレイルランや100kmレベルのウルトラマラソンに出場したこともあります。66歳になった今、肉体の衰えと相談しながらいかに走り続けられるか、100歳までは走り続けたいと思っています。

 まずは2023年2月の大阪マラソン、3月のびわ湖マラソンに向けて新たにトレーニングを開始します。そんな場で、同好の士あるいは新たに走り始める方とお目にかかれれば、望外の幸せです。

筆者プロフィール

尾内 啓男(おうち あきお)

1978年4月1日、株式会社ワコールに入社。3日後「電算室」に配属。文系学部卒で文学・音楽好きだったが、一貫してシステムに携わる仕事に従事。2000年、情報システム部長、2006年、執行役員、2016年、60歳で定年退職。現在はCIO Loungeでの活動のほか、複数の会社で非常勤監査役、ITアドバイザーを務める。趣味はマラソンやトレイルラン。ほかに各種の腹筋トレーニングから皿洗いも行う。