DXの“X”に欠かせないリーダーシップを考える

CIO Lounge正会員・石野 普之

筆者のIT Leadersとのお付き合いは2009年に遡ります。事務機メーカーで9年に及んだ米国駐在から帰国し、グローバルITガバナンスと戦略企画の責任者をやっていたころです。当時、《私の本棚》というコーナーがあり、そこで『Flight of the Buffalo』(写真1)を紹介しました。

直訳すると「バッファローの飛翔」。妙なタイトルですが、組織を違う次元に引き上げるリーダーシップについて書かれた本です。ご存じのとおり、バッファローは群れで行動する動物であり、群れを率いる1頭のリーダーに他の個体はひたすらついていきます。これに対し、空を飛ぶ雁の群れはV字飛行している先頭のリーダーが疲れたら、他のメンバーが常にそのポジションを引き継ぎます。

写真1:『Flight of the Buffalo』
(James A.Belasco/Ralph C.Stayer
著、Rarewaves-USA刊、1994年)

本書は長く苦しい旅路には雁のリーダーが適することから、企業や組織においてもリーダーが交代する雁型が強いことを説明し、バッファローの階層型管理から雁のチーム型管理に進化するべきと提言。そのための事例、方法やチェックリストを解説しています。米国駐在時には大統領のように強いリーダーシップで牽引する話を見聞きすることが多かっただけに、「こんな考えもあるのだ」と奥の深さに驚くと同時に、日本人にはなかなかバッファロー型は馴染まないので、「雁の群れにできたら」などと考えて紹介しました。

前置きが長くなりましたが、今回はこのリーダーシップについてです。『Flight of the Buffalo』以外にも、リーダーシップについてはいろいろと学び、また研究しました。旧聞に属しますが、2015年にあったラグビーワールドカップの予選リーグで、日本代表が南アフリカ代表をラストプレイで破っただけでなく、予選プールで3勝1負という奇跡の結果を残したことを、ご記憶の読者がおられるかも知れません。ラグビーブームの火付け役にもなった、ファンにはとても嬉しい結果でした。

実は筆者は2017年、この奇跡を起こした当時の日本代表ヘッドコーチ、エディ・ジョーンズ氏と一緒に講演に登壇することになり、しかも講演前に控室で2人きりになる機会に恵まれました。そこでエディさんに、リーダーシップについて聞いてみたのです。彼が言うには「リーダーにとって大切なことは2つあると思います。目的地、つまりどこに行きたいかをクリアにすること、それと目的地をメンバーに分かるように伝えることです」とのことでした。

リーダーならだれしもTo Be(目的)を描くでしょう。しかしそれだけではだめで、組織に浸透させるまで繰り返し伝えることが欠かせないというのです。当時、これを聞いて腹落ちし、心に刻んだことを覚えています。特に日本人は同じ言葉を話す気楽さや漫画やアニメも定着しているので、文字入りの綺麗なポンチ絵をPowerPointなどで作って、To Beを示せば十分と考えがちです。

しかし、この種のポンチ絵は一見分かりやすいのですが、背景や経緯がうまく伝わらず、人によって別の理解や解釈を引き起こすリスクが大きいという問題があります。だから繰り返し話し、時には聞くなどして分かるまで伝える必要があるのです。

余談ですが、エディさんとの会話はとても有意義でしたが、オーストラリアのタスマニア州出身で発音が聞き取りづらく、何度も聞き直しました。講演でも同時通訳の方が戸惑うシーンがあり、聴衆の多くもが通訳機を使っていました。あの英語でコーチングされている日本代表メンバーのヒアリング力はすごいなと思ったのも覚えています。

リーダーシップに関しては、デジタルトランスフォーメーション(DX)の先駆けとなったGEデジタルのビル・ルーCEO(当時)との会話も忘れられません。ただし反省の意味で、です。2016年に米国出張した時に、ビルさんにお目にかかる機会があり、その時、ビルさんは「古いGEという会社にGEデジタルが横串を通し、デジタルの会社に変革していくんだ」と、とても力強くお話してくれました。その考え方にほだされた私はまず形からということで、帰国後すぐに「自分の組織の名称をデジタル推進本部に代えさせてほしい」と、社長に懇願しました。

翌年4月の組織改革のタイミングで願いが聞き入れられ、それこそ、今でいうDXをドライブしようと意気込みました。もっとも2017年頃はまだデジタル推進やDXという言葉はメジャーではなく、「石野は何をやるつもりなんだ?」と、部下も含めて多くの周辺の人がいぶかったのではないかと思います。

GEデジタルはその後、苦難の道を歩んでいますが、私自身も先を急ぐあまり、部下や周辺の人たちの理解を不十分なままにした面があります。「分かるように伝える」のはとても難しいと反省しきりです。

そんなことから学びながらも、グローバルのIT責任者やソフトウェアエンジニアリング会社の社長などを務めさせていただき全力で走っていましたが、ふと気がつくと60歳が目前! このまま前職の任期を全うする道もあったのですが、リーダーとして、まっさらの土地で何か変革が起こせる力が自分にはあるのか試してみたいという思いが首をもたげ、2021年に転職を決めました。もう1つ、現職に魅かれたのは、会長と社長がシンガポール人であることでした。

昨今、DXが喧伝される中、多くの企業はDXのXの部分、つまりトランスフォーメーションを進められずに苦労しています。もちろん各社毎に事情は異なるでしょうが、もともと大きな変化を避ける日本人のメンタリティ、「出る杭は打たれる」の言葉にあるようなコンセンサス至上主義、ゼネラリストを重んじてスペシャリティが不足しているマネジャー、そもそもITリテラシーが高くない経営陣や社員などが、Xに苦労する背景にあると思います。

これに対して現職(日本ペイント)は違います。筆者のボスは、常にものすごいスピードで変化を求め、自ら先頭に立ってエネルギッシュにリードし、必要であれば現場に出向き、時間をかけて変える意図を説明して回っています。ということで、61歳を目前にしながら、今また新たなリーダーシップを学んでいる次第です。「人間、一生勉強だな」という思いを改めて強くしながら。

筆者プロフィール

石野 普之(いしの ひろゆき)

1984年株式会社リコーに入社、以来IT業務全般に関わる。2000年より9年間北米の子会社でITガバナンス、ERPプロジェクトの責任者を歴任し、2012年よりリコーグループIT責任者、2015年に執行役員、2016年にはリコーITソリューションズ社長。2021年8月より日本ペイントコーポレートソリューションズ常務CIO。
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