製造業における基幹システム刷新の意義
私は1990年ごろから2024年まで30年以上、経営コンサルタントとして過ごしてきました。顧客の規模は千差万別でしたが、業種的には9割以上が消費財および産業財の製造業です。元来の専門はIT畑ではなく業務畑ですが、業務改革と表裏の関係で実施される基幹システム刷新のプロジェクトに従事することが年々増え、最終的には15件ほどの案件に関与しました。
そんな私の経験を踏まえて、製造業における基幹システム刷新の意義および投資対効果をどのように捉えるべきかについて、説明させていただきます。なぜかと言いますと、効果を追求するあまり投資判断が先送りになったり、プロジェクト活動が無用な干渉を受けたりするケースを散見してきたからです。
基幹システム刷新による投資対効果の考え方
製造業における設備投資では通常、生産能力向上や作業工数削減など、投資額を上回る経済効果を求められます。投資する以上は当然の考え方ですが、では基幹システム刷新についてはどうでしょうか。設備投資と同じ論理で、投資額相当以上の経済効果を求められることは当然、もしくは妥当でしょうか。
結論を先に書くと、私は基幹システムの刷新と投資回収のストーリーを過剰に紐づける必要はないと考えています。多くの企業の基幹システムは、長きにわたって機能拡張が続けられてきています。同等の機能範囲のシステムを再構築しようとすると、企業規模にもよりますが数10億円、あるいはそれ以上の投資が必要になるのが普通です。
一方で、最もシンプルな経済効果である業務工数の削減は、現行システムやそれ以前のシステム導入でほぼ刈り取られてしまっています。在庫や欠品の削減など需給調整関連の施策など、各業務分野におけるスピードや品質に関する何らかの効果が見込まれるとしても、そうした効果の総量が投資額を上回るようにすることは簡単ではありません。
結果として、投資回収という一面的な尺度からだけでは、基幹システムの刷新に合理性を見出すことは困難な時代になってしまっているのです。
基幹システムはなぜ刷新すべきか
それでは基幹システムの刷新は何を大義名分に、いつスタートすればよいのでしょうか? 私は、企業における基幹システムは都市機能における水道施設に準えて発想することが分かりやすいのではないかと考えています。
水道は正常に使えて当たり前ですので、日常的にその有難みを実感することはありません。ところが一旦、障害が発生すると日々の生活に大きなダメージが発生します。それゆえに適切な維持管理を実施するのですが、それでも浄水場などの施設や水道管を永遠に使用し続けることはできず、いつかは大規模な投資を伴う刷新が必要になります。
水を供給するという機能や水道設備の価値そのものは刷新の前後で本質的な変化はありません。そうであっても欠かせない生活基盤である水道の安定稼働を持続的に確保することを目的として予防的な投資を決断することは必要であり、合理的でもあるでしょう。
同様に企業の業務基盤である基幹システムの刷新も、将来的な安定稼働を脅かす要因が具体的に見越せた時点で、時機を見てプロジェクトを発足させればよいです。安定稼働を脅かす要因とは、例えば適用している技術が古くなってメーカーのサポートが得られなくなることや、維持管理や機能強化に欠かせない人材がリタイアすることなどです。
基幹システムはいつ刷新すべきか
ここで言う時機とは、自社の数年間の財務的体力(資金余力と償却費負担)が見通せる事業環境下に、しっかりとした社内体制の準備が期待可能で、かつ外部パートナーのリソース余力がそれなりに確認できているタイミングのことです。
財務的体力の観点では、プロジェクト期間中の資金手当もさることながら、稼働後に開始される年々の償却費が相当な金額に上ることも念頭に置いておく必要があります。残念なことですが、投資額は計画を超過しがちであることも付言しておきます。
社内体制の観点からは、プロジェクトの工程が進むにつれて業務サイドのメンバーの作業負荷が右肩上がりに増加するため、発足時の要員だけではなく段階的な体制強化が求められることに留意をしておく必要があります。
外部パートナーについても工程の進行につれて多くの追加要員が必要となるため、各社が抱えている他の大規模プロジェクトの大まかな要員見通しを把握したうえで、パートナー選定とプロジェクト期間に反映させることが安全です。
最後にもう一言。私の経験上、基幹システムの刷新は幾度も深刻な局面に遭遇する難事業です。一致協力して無事にゴールへ辿り着くためには、実務メンバーの真摯な努力に加えて、経営層の継続的なサポートが欠かせません。そのための第一歩として、明確かつ無理のない目的設定を関係者間で共有することが肝要だと感じています。どうか皆様のプロジェクトが「ご安全に」発足・完遂されることを願っております。
筆者プロフィール

本木 昌裕(もとき まさひろ)
1988年にアーサー・アンダーセン(当時)の監査部門に入所したものの自らの会計適性に疑問が生じ、早々にコンサルティング部門に転籍。その後、米エンロン事件に起因するアンダーセンの世界的瓦解、部門買収された米ベリングポイントの連邦破産法適用という、2度の企業崩壊を経験した。さらにPwCによるべリングポイントの買収直後にはリーマンショックの荒波にさらされ、「二度あることは三度ありそう」になった危機を何とか持ち堪えて2024年に定年退職。趣味は何度も骨折をしているロードバイクと、常に迷路に迷い込んでいるゴルフ。