海外で感じたITに対する考え方の違いと「強いプロセス構築」の必要性

CIO Loung正会員・井本 滋久

 私は以前、大手電器メーカーにおいて国内外の事業所の業務改革とIT導入を担当していました。海外での勤務も多く、自社・他社を問わずさまざまな外国人の方々とコミュニケーションする機会に恵まれました。そんな方々との何気ない会話の中で、ITに関する認識の違いを痛感したり、自身の考え方やIT化の推進方法を見直したりといったことが多々ありました。どういうことか、まず事例を3つ紹介しましょう。

①役員クラスがシステムに精通している

 欧米の事業所で情報システムの説明を受ける際、役員クラスが説明してくれることが多くあった。日本の事業所とは違う点だが、理由は簡単に解明できた。システムはマネジメントのツールであり、経営の意思決定の仕組みだからである。上位役職者になるほどシステムを理解していた。これに対し、日本の業務部門責任者からは「システムのことはよく分からない」という言葉を聞く。

②月中と月末月初で業務量の差はない

 出張で月初めに北米財務部門を訪問した際、MLBの観戦に誘われた。月末や月初は決算時期なので「財務は部門は忙しいでしょうし、そんな余裕はあるのですか?」と尋ねると、こんな回答が帰ってきた。「毎日すべきことをしているので、月中と月末月初でプロセスの違いはありません。強いて言えば決算仕訳の作業が1つ増えるだけです」。実際、午後4時にはボールパークに観戦に出かけた。

③ERPの展開は長くても3カ月

 ERPのグローバル展開に携わっていた時、アジアのEMSメーカーとERPの導入展開の期間の話をする機会があった。「我々は6カ月で展開できる」と少し自信をもって話をすると、「初期導入の話ですか? 完成したプロセスとシステムを横展開で活用できているなら、展開に6カ月かけるのでは長すぎますよね。長くても3カ月でしょう?」と言われてしまった。理解できる範囲を超えていたようだった。

 読者の皆様はどう思われるでしょうか? 役員クラスがシステムに精通している/システムを使っているのだから月中と月末月初で業務量の差はない/ERPの展開にかけるのは長くても3カ月──。これらは多くの日本企業にとって目指したい姿ではあっても、意外と到達できていないのではないでしょうか?

 「いったい、彼我の違いは何なのだろう。これまでやってきたIT化の何が問題なのか。何かが稚拙なのか、あるいはIT化の抑えどころや勘どころを理解をしていないのだろうか」──。私にとっては自らの仕事を考える良い機会でした。実のところ、技術力などのスキルやITの知識の差に起因するものではないとも感じていました。

 熟考の結果、違いや差は「プロセス構築である」という仮説(私にとっては確信)が浮かび上がりました。ITを駆使して強いプロセスを構築するという意識の差や認識の有無が、上記のようなエピソードにつながっていると考えたのです。それ以降、海外に追いつくために、私はプロセス構築を心がけました。いくつかの具体例を紹介します。

①エンドツーエンドの業務プロセスの構築

 日本ではシステム構築における業務フローの定義は入力画面で始まり、出力帳票で終わる“システムフロー”になるケースが多い。例えば入力の元情報となるモノやデータが発生するプロセスが考慮されることはほとんどない。

 実はこのプロセスが煩雑で、データの精度や鮮度に課題を残していたり、煩雑さを回避するために必要な粒度を妥協していることが多く見受けられる。つまり使えない、信用できないデータを蓄積していることになる。そうではなく、発生のプロセスを明確にしてシームレスにデータや情報を入力できるよう、プロセスの簡素化と標準化が重要である。

 出力情報も同じだ。データを処理・蓄積することに安堵するのではなく、その先の経営の意思決定プロセスや各種改善活動までのプロセスに着目する必要がある。それがないシステムフローでは意思決定するために出力情報を元にしたデータの加工や補完が必要で、それに多くの工数が費やされる。

 結果、データを使って意思決定する時間がなくなり、人の経験や勘で意思決定してしまう。そうではなく、組織や役職の役割を認識し、各々の意思決定プロセスを明確にし、その意思決定が正しいか否かを問う振り返りのTPDCAまでを、エンドツーエンドの業務プロセスとして描き切ることが重要だ。

②原理原則に沿った業務プロセスの構築

 業務プロセスを定義する際に、「ケースバイケース」「臨機応変に対応」といった曖昧さを許したり、「例外」という特殊事情などを深堀りすることなく、現場対応のプロセスとして残したことはないだろうか? 実は私、以前はそうすることが変化対応力を備えた柔軟なプロセスだと思っていた。しかしそれは日本人特有の《なあなあ》の間柄で仕事をすることで、プロセスとしては脆弱になる要因になる。

 そんなときに思い出したのが、松下電器創業者の松下幸之助氏の次の言葉だ。

「雨が降れば傘をさすような、こうした当たり前のことを着実に実践していくところに発展の秘訣があるというわけだ。ところが経営、商売のとなると、とにかく私心にとらわれて、傘もささずに歩き出すようなことをしがちなのである」

 プロセス構築も同じで、原理原則に沿っていることが重要である。具体的には、コードはどうあるべきか?/ルールは?/役割は?/判断は? といったことを追求することが重要で、その結果できあがったものが経営管理を支えるプロセスになる。

③目標設定から落とし込まれた継続的な業務プロセスの構築

 多くの場合、当初のプロジェクト目標はどこへやらで、システム導入がゴールになっている。つまり企画書に明記した目標が、プロジェクトが進むにつれて雲散霧消することがある。それを回避するために、私は試行錯誤した末にシステム導入の前フェーズとして「価値観共有フェーズ」を設けている。

 そのポイントは「事業のトップを巻き込み、KGIを設定、全員で共有化する」「KGIが達成できるか否かを、すべての判断基準にし、あるべき姿を明確にする」の2点。これらをシステム導入を開始するためのゲートの成果物にしたのである。こうすれば、その延長線上で策定される業務プロセスとシステムは、必ず継続的で価値あるタスクとして落とし込まれたものになる。つまり、そのプロセスの実現の先には、経営効果が必然的に達成される。

 ──改めてこのように説明すると、いずれも当たり前で基本的なことだなと感じます。一方で全員が同じ思いになるには難易度が高いと今も実感していますし、そうだからこそ常に強く意識し続ける必要があります。

 加えて言えば、このことはデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進に欠かせないとも思っています。IT化をうまく進められないままでは、DXを推進するとしても自ずと限界があるからです。以上、プロセス構築にこだわることが、IT化、ひいてはDXを推進する上で成功の鍵であるという私なりの気づきを紹介させていただきました。

筆者プロフィール

井本 滋久(いもと しげひさ)

1990年、松下電器産業(現パナソニック)に入社。事業所のIT部門に所属し、国内外の事業所の業務標準化とITインフラ統一や、個々の事業環境に沿った業務改革の推進に従事。その後、事業所の情報部門責任者を歴任した。2017年、化学メーカーのダイセルを経て、2022年から京セラコミュニケーションシステム(KCCS)に勤務。エグゼクティブエキスパートとして京セラ事業所のICT推進を担当。趣味は旅行とタイガース応援。